31歳でITベンチャーから外資SaaSのPMMへ飛躍した話
今回紹介するのは、ITベンチャーでプロダクトマーケティングを担っていた31歳男性が、外資系SaaS企業のプロダクトマーケティングマネージャー(PMM)へ転身し、年収540万から820万へアップした転職成功事例です。前職ではプロダクト改善の一部業務にとどまり、戦略立案や市場分析といった上流の経験が積めず、30代のキャリアに不安を感じていました。転職活動ではベンチャーで培ったスピード感と顧客理解力が評価され、グローバル基準でPMM職を体系的に学べる環境へ。マネージャー候補として迎えられ、これまで以上に幅広い裁量を持ってプロダクトの成長に関われるポジションに進化した実例です。
人物プロフィール
年齢:31歳
性別:男性
転職前:ITベンチャー/プロダクトマーケティング担当
転職後:外資系SaaS企業/プロダクトマーケティングマネージャー(PMM)
転職前年収:540万
転職後年収:820万
転職動機・テーマ:事業成長を担う戦略領域でのキャリア形成・裁量と専門性の拡大・グローバル水準で市場価値を上げたい
ざっくりまとめると
・31歳男性、ITベンチャーでプロダクトマーケティング(PMM)を担当
・業務範囲が狭く、戦略領域や企画業務に挑戦できない環境に限界を感じていた
・グローバル基準のPMMスキルを身に付けたい思いから転職を決意
・外資系SaaS企業のプロダクトマーケティングマネージャーとして内定
・年収540万→820万へ大幅アップ
・戦略設計から市場分析、ポジショニング開発まで一気通貫で担える環境へ
・マネージャー候補として入社し、キャリアの専門性と市場価値が大幅に向上
転職前のキャリアと悩み
「“担当者止まりのまま歳を重ねる”ことへの強い危機感。」
私はITベンチャーでプロダクトマーケティングを担当していましたが、業務の多くは“部分最適”に近いものでした。具体的には、ユーザーインタビューや簡易的な市場調査、機能改善の検討といった、プロダクト改善の一部工程です。もちろん仕事自体に不満があったわけではありません。しかし、30代に入り、このまま担当者レベルのままでキャリアが固定化していくのではないかという強い焦りが生まれてきました。
特に葛藤を深めたのは、戦略設計やポジショニング開発といった“PMMとしての本質的な領域”に触れられなかったことです。会議では企画の意図やデータの背景を理解していても、最終的な意思決定は上層部で行われるため、自分の提案がそのまま形になる機会は限られていました。責任ある領域を持ちたいと思っても、会社の規模やフェーズの問題で、新しい役割が生まれにくい環境でした。
また、社内で評価されるスキルも偏っていました。実行力やスピード感は評価されていたものの、「戦略思考」「市場構造の分析」「プロダクト全体の価値設計」など、将来のキャリアを支えるべきスキルが育ちにくい状況でした。このままでは“器用な担当者”のまま30代後半を迎えてしまう。そんな未来がリアルにイメージできてしまい、不安が大きくなっていきました。
さらに、給与レンジも頭打ちでした。業績や評価には一定の自信があったものの、会社のフェーズ的に昇給幅が大きくなく、30代前半で年収540万前後を推移していました。「このまま経験を積んでも収入は大きく上がらない」と感じた瞬間、キャリアと年収の両面で環境を変える必要性を強く意識するようになりました。
仕事に対する愛着はありましたが、「もっと大きな裁量を持ち、プロダクト戦略の中心で意思決定できる環境で成長したい」という思いが、徐々に転職を現実的な選択肢へと押し上げるようになりました。
転職を意識したきっかけ
「“戦略をつくれないPMM”は、どこへ行っても武器にならない。」
転職を真剣に考え始めたのは、社内で新機能ローンチのプロジェクトが立ち上がったときでした。本来であれば、プロダクトマーケティングとして中心的に関わりたい領域です。しかし実際には、企画の骨子づくりやポジショニングの定義は経営層と事業責任者が進め、私に回ってきたのはユーザー調査や競合比較資料の作成といった、いわば“手足の業務”でした。
会議で議論される内容は理解できますし、「こうした方がいい」という仮説も持っていましたが、最終的な意思決定に関われないもどかしさが積み重なりました。「このままでは、自分はいつまでも実行担当のままなのではないか」と強く感じた瞬間です。
さらに焦りを感じたのは、競合のPMM職の求人を偶然目にしたときでした。求められるスキルセットには、戦略立案、バリュープロップの構築、Go-To-Marketの設計、プロダクトメッセージングの統一など、私が“やりたいのに触れられていない領域”が並んでいました。「もし今応募しても、選考で戦略領域を深掘りされたら答えられないかもしれない」。そう思ったとき、自分の市場価値に初めて危機感を持ちました。
また、前職の上司が外資系SaaSに転職し、大幅に年収と裁量を伸ばしていたことも大きな刺激になりました。話を聞く中で、戦略から実行まで担える環境で一気に成長している姿を知り、「自分も同じように挑戦できる環境に飛び込みたい」という思いが強くなりました。
そして決定的だったのが、自分のキャリアを5年後・10年後と長期で見つめたときです。「担当者としての経験だけ積み重ねても、“PMMとしての価値”は上がらない。市場が求めるPMM像と、自分の経験のギャップが広がるだけだ」と気づきました。環境を変えなければ、キャリアの選択肢がどんどん狭まっていく。そう確信し、転職を真剣に検討するようになりました。
転職活動内容
「“戦略を語れるPMM”になるために、まず自分を言語化した。」
転職活動の最初に取り組んだのは、徹底した自己棚卸しでした。これまでの職務内容をただ並べるのではなく、「どんな課題に対して、どんな仮説を立て、どんな打ち手を選び、その結果どう改善したのか」を一つひとつ言語化し直しました。実行者としての強みは明確でしたが、戦略領域の経験不足は否めず、そのギャップをどう説明するかが最初の課題でした。
次に、PMMとして求められるスキルセットを整理しました。市場分析、ポジショニング設計、バリュープロップの開発、Go-To-Market、営業とのコラボレーション…。自分が触れてきた領域と未経験領域を洗い出し、それを“どう補完するか”を説明できるように準備しました。面接で問われるのは「経験の幅」ではなく「思考プロセスと再現性」だと理解していたからです。
応募チャネルは、エージェント・企業スカウト・求人サイトの3つを併用しました。エージェント経由では、外資SaaS企業や日系大手ITでPMM候補としての紹介が多く、企業との事前すり合わせを綿密に行いながら応募先を絞っていきました。スカウトでは、ベンチャーのPMMリードやマーケ責任者候補の話が中心で、カジュアル面談を通じて“現場のリアルな期待値”をつかむことに役立ちました。求人サイトでは、自分の市場価値の客観的な目安として活用しました。
選考が進む中で、自分の強みに改めて気づく場面も多くありました。特に、ユーザー理解の深さ、施策の背景を論理的に語れる点、カスタマーセントリックな視点は高く評価されました。一方で、競合戦略やポジショニング開発の経験が浅い点は、どの企業からも指摘されたギャップでした。そこは「前職では役割上触れられなかったが、常に関心を持って学び続けている」「具体的に◯◯のPMMフレームを使って自主的に分析している」など、学習意欲と再現性を示すことで補いました。
最終的に、複数社で最終面接まで進み、「戦略を理解した実行者」として評価されるケースが増え、転職活動全体を通して、PMMとしてのキャリア軸がより鮮明になっていきました。
意思決定のポイント/自分の市場価値
「“戦略に踏み込める環境”を最優先し、未来の市場価値で選んだ。」
最終的に私は、外資系SaaS企業2社、日系大手IT企業1社、急成長スタートアップ1社の合計4社から内定をいただきました。どの企業にも魅力がありましたが、意思決定の軸は明確でした。「PMMとして戦略領域を担えるか」「専門性が積み上がるか」「市場価値が5年後にどう変わるか」という3点です。
外資系SaaS企業A社とB社は、いずれもグローバルでPMMが確立している組織で、職務範囲も市場分析からポジショニング開発、Go-To-Market、営業連携まで幅広く設計されており、キャリアの伸びしろは十分ありました。特にA社は日本市場の拡大期で、プロダクトメッセージングの刷新や新規市場攻略など、0→1と1→10の両方に関わるチャンスが大きい点が魅力でした。
一方、日系大手ITは安定感があるものの、PMMの役割が限定的で“企画補助”的な要素が強く、キャリアを加速させるには少し物足りなさを感じました。また、急成長スタートアップは裁量は大きいものの、PMMという職能自体が未整備で、体系だったスキルが身につきにくい懸念がありました。
選考を通じて浮き彫りになったのは、自分の市場価値が最も高く評価されたのは「外資系SaaS領域」だったということです。特に評価されたのは、ユーザー理解を軸にした仮説構築力、施策の背景を言語化できる力、プロダクトと顧客のつながりを深く捉える視点。このあたりはベンチャー経験で培った強みでした。
逆に書類選考の通過率が低かったのは、クリエイティブ寄りのブランドマーケティング職や、データサイエンス領域でした。これらは専門性が異なるため、今の自分とは方向性がずれていることが明確になりました。
最終的に外資系SaaS企業A社を選んだ理由は、「PMMの王道キャリアを歩める場所だったから」です。戦略と実行を両輪で経験でき、キャリアとしての専門性が明確に積み上がる環境。さらに将来的にはプロダクト戦略やマーケティングヘッドにもつながる道筋が描きやすい。提示された年収が540万→820万に上がったことも後押しになりましたが、それ以上に“5年後の市場価値”を見据えた意思決定でした。
内定・転職後の変化
「“部分最適の担当者”から、“価値提案をつくるPMM”へキャリアが進化した。」
外資系SaaS企業に入社して最初に感じたのは、PMMの役割が“事業全体の中心”にあるということでした。前職では改善提案やユーザー調査など一部工程のみを担っていましたが、現在は市場分析からポジショニング、バリュープロップ設計、Go-To-Marketまでを一気通貫で担当しています。プロダクトの価値を定義し、それを市場に届けるための戦略とメッセージを自ら作る立場に変わり、責任の重さと同時に大きなやりがいを実感しています。
特に大きかった変化は、意思決定に直接関われるようになったことです。前職では「最終判断は上層部」という構造が強く、考え方や仮説を持っていても実行に移せないもどかしさがありました。しかし今は、自分の提案がそのまま市場戦略に採用され、数値への影響をダイレクトに感じられます。施策によって商談化率やリード品質が改善した際は、事業成長に貢献している実感が強く得られました。
一方で、挑戦のハードルは確実に上がりました。グローバル本社との連携では英語での議論が求められ、最初の数ヶ月は“聞き取ることに精一杯”という場面もありました。また、資料の粒度や分析の深さ、論理の精度に対する要求水準が非常に高く、これまで以上に質へのこだわりが求められます。アウトプットを提出する度に「もっと背景を掘ってみよう」「この仮説は根拠が弱い」といったフィードバックが入り、成長痛のような感覚もありました。
しかし、その厳しさがそのまま成長につながったのも事実です。市場構造の理解が深まり、プロダクトの価値を言語化する力が鍛えられ、プロダクトマーケティングの専門性が一段上のレベルへ引き上げられていくのを実感しています。年収も540万から820万へと大きく向上し、評価制度も明確で、努力がキャリアと報酬の両方に反映される点もモチベーションになっています。
今後は、PMMとしての領域をさらに広げ、プロダクトストラテジーにも踏み込める人材を目指しています。30代前半というキャリアの伸びしろが大きい時期に、挑戦できる環境へ飛び込んだ判断は間違っていなかったと確信しています。
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