32歳、大学病院を飛び出した医師がスタートアップCxOとして描く医療の未来図

今回ご紹介するのは、臨床医としてのキャリアを5年で一区切りし、ヘルスケアテック企業のCxO(役員)へと転身を遂げた32歳男性の事例です。医学的知見を武器に、いかにしてビジネスの最前線で事業成長を牽引しているのか。IPOを目前に控えた今、彼が見ている景色とは。安定を捨てて挑戦を選んだ、医師の新しいキャリア論に迫ります。

人物プロフィール

年齢:32歳
性別:男性
転職前:医療業界 医師(大学病院・消化器内科)
転職後:IT・通信業界(ヘルスケアテック) 執行役員CMO/CPO
転職前年収:1100万
転職後年収:1300万
転職動機:医療課題の構造的解決、予防医療の社会実装、ビジネスを通じた医療貢献、IPOチャレンジ、裁量権の拡大

ざっくりまとめると

・臨床現場の限界と葛藤: 大学病院での診療を通じ、対症療法中心の医療と、予防へのアプローチ不足に課題を感じていた。

・医師×ビジネスの希少性: 臨床経験5年という現場感覚と、独学で学んでいたプログラミングやビジネス思考を掛け合わせ、市場価値を再定義。

・スタートアップCxOへの転身: 安定した医師のレールを外れ、シリーズBのヘルスケアスタートアップへ参画。年収アップとストックオプションを獲得。

・IPOを見据えた事業成長: 医学的根拠に基づいたプロダクト開発を主導し、組織開発にも従事。上場準備企業のコアメンバーとして活躍中。

転職前のキャリアと悩み

「このまま外来と当直を繰り返して、教授を目指すだけでいいのか?」白い巨塔の中で感じた、得体の知れない閉塞感。
私は地方の国立大学医学部を卒業後、母校の大学病院に入局し、消化器内科医として勤務していました。医師としての仕事には誇りを持っていましたし、内視鏡技術を磨き、早期癌を発見して治療することにやりがいも感じていました。しかし、臨床経験を重ねるにつれ、徐々に「違和感」が大きくなっていったのです。

日々運び込まれる進行癌の患者さんたち。「もっと早く検診を受けていれば」「生活習慣を変えていれば」……そんなタラレバを思うたび、病院で待っているだけの医療に限界を感じました。また、病院組織特有の非効率な慣習や、年功序列のヒエラルキーにも疲弊していました。カンファレンスのための資料作り、アナログなカルテ入力、医局の人事事情に振り回される日々。

「私が本当にやりたかった医療はこれなのか?」自問自答を繰り返す毎日でしたが、周囲の同期は専門医取得や学位取得に向けて疑いなく進んでおり、レールから外れることへの恐怖で、誰にも相談できずにいました。

転職を意識したきっかけ

友人の起業と、医療アプリ開発への監修参加。世界を変えるスピード感に衝撃を受けたあの日。
転機は、大学時代の友人が起業したITスタートアップのオフィスを訪ねたことでした。そこには、Tシャツ姿の若者たちが、目を輝かせながら「どうすればユーザーの生活を良くできるか」を議論し、圧倒的なスピードでサービスを作り上げている光景がありました。病院の医局とはまるで違う、未来を創る熱気。衝撃でした。

その後、友人から頼まれて、ヘルスケアアプリの医学的監修を副業として手伝うことになりました。自分の医学知識が、コードを通じてアプリに実装され、何万人ものユーザーの行動変容に繋がっていく。診察室で一人ひとりに説得する何倍ものインパクトを、テクノロジーなら生み出せる。「これだ」と直感しました。私がやりたかった「予防医療の社会実装」は、臨床現場ではなく、ビジネスの現場でこそ実現できるのではないか。そう確信した瞬間、医師という安定したレールを降りる決意が固まりました。

転職活動内容

「臨床医としてのキャリア」か「ビジネスの可能性」か。医師専門とハイクラス、2つのエージェントを使い倒した戦略的転職活動。

転職活動は、まず自分の市場価値を知ることから始めました。利用したのは、医師専門の紹介会社と、ビジネス職特化のハイクラスエージェントです。

医師専門のエージェントからは「産業医」や「健診医」といった、ワークライフバランス重視の案件を多く提案されました。確かに給与は良く楽そうでしたが、私が求めている「挑戦」とは違いました。一方、ハイクラスエージェントとの面談では、当初「臨床経験のみの医師」をどうビジネスに活かすか、担当者も頭を悩ませていました。しかし、「医学的エビデンスをプロダクトに落とし込める翻訳能力」や「医療現場のインサイト」を言語化していく中で、ヘルスケア領域のスタートアップにおける需要が浮かび上がってきました。

具体的には、シリーズA〜Bフェーズのヘルステック企業を中心に、企業のHPから直接応募したり、エージェント経由でカジュアル面談を申し込みました。面接では「なぜ医師を辞めるのか」を必ず問われましたが、「辞めるのではなく、医師としての手段を変えるのだ」というポジティブな動機を一貫して伝えました。ビジネススキルや数字への感度は独学でしたが、面接対策を通じて、PL/BSの基礎やKPIマネジメントについても必死にインプットし、ビジネスマンと対等に話せる準備を整えました。

意思決定のポイント/自分の市場価値

年収や条件ではなく「ビジョンへの共鳴」と「経営陣の覚悟」で選んだ場所。シリーズBスタートアップでの挑戦へ。
活動期間は約半年。最終的に3社からオファーをいただきました。1社は大手製薬会社(年収1500万)、もう1社は上場済みの医療情報企業(年収1200万)、そして最後が決断したシリーズBのヘルスケアスタートアップ(年収1100万+ストックオプション)です。

提示年収だけで見れば製薬会社が魅力的でしたが、完成された組織の歯車になることへの懸念がありました。私が選んだスタートアップは、糖尿病患者向けの行動変容アプリを開発している企業です。決め手は、CEOの「薬に頼らない治療の選択肢を世界標準にする」という熱いビジョンと、私のことを「医師」としてではなく「事業を作るパートナー」として迎え入れてくれた経営陣のスタンスでした。

ここなら、自分の医学的知見を最大限にレバレッジをかけて、社会にインパクトを与えられる。さらに、IPO(新規上場)を目指すフェーズでの参画は、ビジネスマンとしての成長を加速させると確信し、入社を決意しました。

内定・転職後の変化

「正解のない問い」に挑む毎日。医師の権威を脱ぎ捨て、事業家として泥臭く走る楽しさ。
現在は、執行役員CMO(Chief Medical Officer)兼CPO(Chief Product Officer)として、プロダクトの医学的妥当性の担保から、UI/UXの改善、さらには採用や組織づくりまで幅広く携わっています。入社して驚いたのは、意思決定の速さと、朝令暮改を恐れない柔軟性です。病院では数ヶ月かかる承認プロセスが、ここでは数分で決まり、翌日には実装されています。

もちろん苦労もあります。臨床現場では「先生」と呼ばれ、指示を出せば動いてもらえましたが、企業では肩書きだけでは誰も動きません。エンジニアやセールスといった異なる専門性を持つメンバーに対し、論理と情熱で人を動かす必要があります。最初は共通言語がなく戸惑いましたが、お互いのリスペクトを持って対話を重ねることで、チームとして機能するようになりました。現在はIPOに向けた監査対応や事業計画の策定など、臨床医時代には想像もしなかった業務にも携わっています。

自分の手掛けたサービスが患者さんのデータを改善し、「人生が変わった」という声をいただく時、臨床医時代とはまた違う、震えるような喜びを感じています。

メッセージと総括

「医師免許」はゴールではなく、最強のパスポート。臨床以外の選択肢に迷うあなたへ。

もし今、臨床現場で働きながら「自分の人生、これでいいのか」とモヤモヤしている先生がいらっしゃれば、伝えたいことがあります。医師としての経験や知見は、病院の外でも強力な武器になります。臨床を離れることは「ドロップアウト」ではありません。「キャリアの拡張」です。

転職活動においては、エージェントとダイレクトリクルーティング(スカウトや直接応募)の使い分けが重要です。エージェントは、自分のキャリアを客観的に棚卸しし、ビジネス用語に翻訳してもらうための「壁打ち相手」として非常に有用です。

特に、医師からビジネス職への転身は特殊なケースなので、事例を多く持つハイクラス向けのエージェントに相談することをお勧めします。一方で、スタートアップへの転職では、企業の代表や役員と直接話せるダイレクトリクルーティングやカジュアル面談が効果的です。熱量やカルチャーフィットを肌で感じるには、直接対話するのが一番だからです。

医師という安定した立場を捨てるのは怖いかもしれません。しかし、そのリスクを取った先には、見たことのないエキサイティングな景色が広がっています。一歩踏み出す勇気が、医療の未来を変えるかもしれません。

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