37歳で大手メーカーの経営管理からグローバルカンパニーの経営企画へ/事業を動かす醍醐味を掴んだ転職事例
本日ご紹介する転職事例は、大手メーカーで経営管理・事業管理としてキャリアを築いてきた31歳の男性です。数字を扱うプロとして評価される一方で、「経営層を支えるための分析」ではなく「自ら事業を動かす側に立ちたい」という思いが芽生え、転職を決意した。複数社の選考を経て、最終的に選んだのは世界的に知られるエンターテインメント&テクノロジーグループ。経営企画・事業管理のリーダー候補として迎えられ、戦略立案・損益管理・予算策定・事業ポートフォリオ設計など、ビジネスの推進に直結する役割を担っている。年収も780万から1050万にアップ。ハードさはあるものの、「事業の成長に自分が関わっている感覚」を強く実感しながら働いているとのことです。それではご覧ください。
人物プロフィール
年齢:37歳
性別:男性
転職前:大手総合電機メーカー/経営管理・事業管理担当
転職後:グローバルエンターテインメント&テクノロジー企業グループ/経営企画・事業管理リーダー候補
転職前年収:780万
転職後年収:1050万
転職動機・テーマ:「数字を扱う人」から「事業を動かす人」へ──経営層と近い距離で意思決定に携わりたい
ざっくりまとめると
・早慶上智出身/大手メーカーで経営管理・事業管理を経験
・事業計画策定、KPI分析、損益管理、投資判断資料などを担当
・経営層の意思決定支援ではなく、事業を動かす実感を求めるように
・複数企業から書類選考通過→最終的に世界的テクノロジーグループへ転職
・年収780万→1050万へアップ
・現在は事業部横断の戦略立案と予算設計をリード
・働き方はハードだが裁量と成長実感が大きい
転職前のキャリアと悩み
【数字を扱うだけの存在で終わりたくない】
新卒以来、大手メーカーで経営管理・事業管理としてキャリアを積んできました。事業計画の策定、KPIのモニタリング、予実の分析、投資判断資料の作成など、数字を根拠にビジネスの意思決定を支援するポジションは確かにやりがいがありました。社内でも一定の評価を得ており、周囲から「分析が正確」「説明が論理的」と認めてもらえていたことも自信につながっていました。
しかし、任せられる役割が広がっていくほど、「自分がつくった資料が経営に使われる」喜びよりも、「結局は意思決定するのは経営層で、僕は最後まで責任を持てない」というもどかしさが強くなっていきました。数字を通して課題を示しても、どんなアクションを起こすのかは上層部の判断次第。改善提案が採用されても、プロジェクトの実行フェーズには関わらず、また次の分析に戻る。その繰り返しでした。
さらに、年功序列の文化が強く、経営企画や事業企画の中枢ポジションは40代以降でなければ就けない雰囲気がありました。「いまのままでは、責任ある立場に立てるのは10年後かもしれない」という焦りが徐々に積み重なっていきました。周囲には優秀な先輩が多く、居心地が悪いわけではありません。ただ、自分のキャリアを自分で選べていない感覚がありました。
「経営層を支える存在」ではなく「経営を担う側のマネジメントに挑戦したい」。気付いた時には、その気持ちが抑えられなくなっていました。
転職を意識したきっかけ
【成長機会は“待つもの”ではなく“取りに行くもの”だと気付いた】
転機になったのは、全社経営会議の資料作成を任された時でした。僕が作った財務・事業データに対し、経営層が議論を交わし、意思決定をしていく様子を目の当たりにしました。その場で思ったのは、「僕は分析には関わっているのに、ビジネスを動かす中心にはいない」ということ。明確にショックを受けました。
「この先の5年、10年も同じ感情のまま過ごす可能性がある」という現実が浮かび、急激に不安になりました。「もっと意思決定に近い、事業の推進側に立ちたい」「数字を扱うだけの存在で終わりたくない」そう強く思いました。
そこからキャリア形成について真剣に考えるようになり、情報収集を開始。最初は転職サイトの求人を眺めるだけでしたが、同じような経験を持つ知人がグローバル企業の経営企画ポジションに転職したことを知り、刺激を受けました。「ルートがないわけじゃない。動けば選べる世界があるかもしれない」と気持ちが変わっていきました。
動き始めて初めて気付いたのが、「今の業務経験は意外と市場価値が高い」という事実でした。経営管理・事業管理の経験者は数が多いように見えて、実際には“事業を理解した上で数字を語れる人材”は限られているようでした。その手応えが、転職への迷いを最後に押し流してくれました。
転職活動内容
【強みと弱みの棚卸しから始まった転職活動】
最初に取り組んだのは、自分の経歴を整理することでした。数字を扱う仕事をしてきたものの、「経営管理」「事業管理」「経営企画」の境目を自分でうまく説明できていませんでした。職務内容を一つずつ棚卸しし、「事業計画の策定」「KPIのモニタリング」「損益管理」「投資判断資料の作成」「部門横断での調整経験」などを言語化し、成果を数字で表現できるようにしました。そして、実務で身につけた“事業理解力”が強みである一方、意思決定の経験がないことは弱みだと素直に認識しました。
求人情報は複数の経路から収集しました。転職サイトで求人全体の相場感をつかみつつ、スカウト型サービスで声をかけてもらった企業とまず面談。そこで自分の強みが評価される企業の傾向を把握しました。また、非公開求人があると聞き、エージェントにも登録。結果として、同時に3つのルートから動いたことで、マーケットの中での自分の立ち位置がクリアになりました。
面接では「経営管理として何をしてきたか」を語るのではなく、「数字をどう解釈し、どんな行動につなげたか」を意識して伝えました。最初は“分析屋”として見られがちでしたが、失敗を重ねるうちに“ビジネスを推進したい意志がある人”として評価してもらえるようになりました。書類通過は比較的多かったものの、最終面接では「将来のリーダーになれるか」という視点が強く問われると感じました。
活動を通して、「スキルだけでなく、キャリア観が問われるフェーズになった」という気づきがありました。だからこそ、自分の目指す姿(意思決定に近い立場で事業を動かすこと)を曖昧にせず伝えることが重要だと感じました。
意思決定のポイント/自分の市場価値
【“分析できるだけの人”ではなく“事業を推進する人”として選んだ】
複数社の選考が同時に進む中で、最終的にどこに行くのかを悩んだのは事実です。書類通過率が高かったのは、グローバル系メーカー、総合商社系列の事業会社、デジタル系大手企業でした。一方で、金融やコンサルティングファームは「スペシャリスト色を求められる」傾向が強く、思ったよりも選考が進みませんでした。分析スキルだけではなく、直接的に事業を動かしてきた実績が求められる世界の厳しさも感じました。
最終的に入社を決めたのは、世界的に知られるエンターテインメント&テクノロジーグループ。選考で印象的だったのは、徹底して「事業の成長に貢献できる人材か」を見ていたことです。面接官からは、過去の分析内容よりも「状況から何を読み取り、次のアクションを提案する力」を強く問われました。その姿勢に、「数字を扱う人から事業を動かす人へ」という自分の希望とフィット感を感じました。
入社の決め手は3つです。
1)経営・事業の意思決定に近いポジションで働けること
2)国内・海外を横断したキャリアパスが開かれていること
3)“挑戦前提”の文化があること
もちろん年収が780万から1050万にアップしたことも魅力でしたが、それ以上に「成長実感を持てる環境で働きたい」という思いが大きかったです。結果的に、意思決定に近い立場でキャリアを積める選択ができたと感じています。
内定・転職後の変化
【ハードでも成長実感が上回る日々】
転職後は、経営企画・事業管理のリーダー候補として配属され、戦略立案・損益管理・予算設計・事業ポートフォリオマネジメントなど、ビジネスの中心に関わる業務を担っています。意思決定のスピードが速く、求められるアウトプットのレベルも高く、日々のプレッシャーは前職の比ではありません。正直、タフさはあります。
でも、それ以上に得られるものが大きいです。自分の提案が事業のアクションにつながり、売上・利益の数字に動きとして現れたとき、「自分の仕事が事業の成長につながっている」と強く実感します。経営層との距離も近く、求められる視座が常に高いため、成長スピードが加速しているのを感じます。
一方で課題もあります。部門横断での調整が多く、組織力学の影響がダイレクトに出るため、コミュニケーション能力が試されます。また、在宅勤務とオフィス出社の切り替えによって、セルフマネジメントが必要になります。想像以上にハードですが、それを乗り越えることで視野が広がり、キャリアの選択肢も増えている実感があります。
今後は「事業を推進する人材」から「事業を任せられる人材」へ。数値管理だけでなく、チームマネジメントや組織づくりにも挑戦していきたいと考えています。
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