地方リベンジ転職|地銀営業から東京のHRテックへ。フルリモートで年収400万→850万
この人物は31歳、男性。地方在住で「給与水準とキャリアの閉塞感」に悩んでいましたが、居住地を変えずに東京水準の報酬と最先端のキャリアを手に入れた事例です。地方特有の「泥臭い営業力」を、情報の速い「IT×人材」の領域で爆発させました。是非ご覧ください。
人物プロフィール
年齢:31歳
性別:男性
転職前:地方銀行の法人営業(中小企業の融資、経営相談)
転職後:東京本社のHRテック企業(採用管理システム・スカウト媒体)
転職前年収:420万
転職後年収:850万(固定650万+インセンティブ200万)
転職動機・テーマ:居住地を問わない働き方を実現し、地方と東京の「賃金格差」をリセットしたい。
ざっくりまとめると
・大手での「組織マネジメント経験」を、スタートアップの「再現性ある組織作り」へ転用
・単なる年収アップに留まらず、ストックオプション(SO)による数千万〜億単位の資産形成を視野に
・大手の看板を脱ぎ捨て、「〇〇会社の役職者」ではなく「〇〇を上場させた男」という市場価値を狙う
・営業組織の強化だけでなく、評価制度設計、カルチャー浸透までを一手に担う
・経営陣(CEO/CTO)と対等に渡り合う、キャリアの最終章への入り口
転職前のキャリアと悩み
「この街の給与相場」が自分の価値の限界だと思い込んでいた
私は地元の国立大学を卒業後、地域の優良企業である地銀に入行。やりがいはありましたが、どれだけ実績を出しても給与体系は硬直的で、30代になっても年収が伸びない現実に直面していました。
「地方にいる限り、これ以上の年収アップは無理なのか」と諦めていましたが、コロナ禍以降のフルリモートの普及により、東京の急成長企業が「地方の優秀な営業人材」を求めていることを知り、リベンジを決意しました。
転職を意識したきっかけ
東京へ進出した顧客が、最先端のHRツールで採用を成功させていたこと
担当していた地元企業が東京に拠点を出し、わずか数ヶ月で優秀なエンジニアを次々と採用しているのを目の当たりにしました。彼らが使っていたのは、自分が知る「地元のハローワークや求人誌」ではなく、東京のスタートアップが提供する「AIスカウトツール」でした。
「自分が売っている融資よりも、彼らのツールの方が企業の未来をダイレクトに変えているのではないか」。テクノロジーを使って企業の「人」の課題を解決する側へ回りたいと強く思うようになりました。
転職活動内容
「地銀での融資営業」を「経営課題のソリューション提案」に書き換え
地方の伝統的な営業スタイルを、東京のスタートアップが好む「ロジカルかつ再現性のあるプロセス」に翻訳しました。
・自己分析: 融資を通すために経営者から決算書を預かり、将来のビジョンを聞き出すプロセスは、まさに採用要件を定義する「要件定義」と同じです。この「経営者と対等に話せる視座」を最大の武器に据えました。
・職務経歴書: 「足で稼ぐ」といった曖昧な表現を排除。「担当エリアのターゲット300社を分析し、優先順位をつけて訪問。成約率を〇%向上させた」という、データの活用を意識した記述に変更しました。
・面接対策: フルリモート環境での自律性を証明するため、オンライン商談ツールの習熟度や、Slack等のチャットツールを用いた円滑なコミュニケーション能力をアピールしました。
意思決定のポイント/自分の市場価値
地方在住であること」が、逆に差別化の武器になった
内定した企業は、地方市場への展開を強化したいと考えていた東京のHRテック企業でした。彼らにとって、地方の商習慣や経営者の心理を知り尽くした私の存在は、東京の営業マンにはない「希少価値」でした。
「東京と同じ給与を払うので、地元を拠点に広域を攻めてほしい」という条件を提示され、年収は一気に2倍に。地方にいながら最先端のIT企業の一員になるという、理想の形を勝ち取りました。
内定・転職後の変化
年収は2倍、生活の質はそれ以上に向上
現在は自宅から東京本社の会議に参加し、日中はオンラインを中心に地方企業の採用DXを支援しています。地銀時代に培った「経営者に寄り添う姿勢」は、ツールの導入だけでなく、運用の定着においても高く評価されています。
可処分所得が激増したことで、将来への不安が消えたのはもちろん、東京のスピード感で働くことで、自分自身の市場価値が日々更新されている実感があります。
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