外資M7の高年収エンジニアからスタートアップへ|自社株の成長で守りを作り、42歳で“作る責任”を選んだ転職
今回の事例は、マグニフィセント7の一角でエンジニアとして働き、現金報酬だけでなく、長年積み上がった自社株(RSU/SO)の値上がりによって、経済的な余裕を作っていた42歳男性の転職です。
多くの人から見れば、そのまま残る方が合理的に見えるキャリアでした。会社の知名度、待遇、制度、どれを取っても申し分ない。けれど彼は、その場所に居続けることよりも、もっと小さく、未完成で、結果がむき出しで返ってくるスタートアップを選びました。
この転職は、「年収を捨てて夢を追った話」ではありません。
むしろ逆で、自社株の成長によって守りができたからこそ、次は“どこで自分の技術を使うか”を純度高く選べた、という話です。
人物プロフィール
年齢:42歳
性別:男性
転職前:外資テック企業(M7の一角・社名非公開)/シニアソフトウェアエンジニア
転職後:国内スタートアップ(社名非公開)/VP of Engineering候補兼プロダクト開発責任者
転職前年収:2600万(現金+賞与+RSU評価込み想定)
転職後年収:1700万円(現金)+SO(ストックオプション)
転職動機・テーマ:巨大な仕組みの一部を最適化するより、プロダクトそのものの成否に責任を持つ開発に移りたかった。外資大手エンジニアからスタートアップへ。自社株の成長で守りを作った上で、年収より当事者性を選んだ転身。
ざっくりまとめると
・私は外資で、技術的に難しい問題を解く力や、大規模システムを安全に前へ進める力を身につけた
・ただ、年次が上がるほど「自分のコードが何を変えているのか」が見えにくくなった
・年収を下げる決断ができたのは、ここ数年の自社株(RSU/SO)の値上がりと権利確定で、生活面の不安がかなり薄れていたから
・転職後は、しんどさは増えたが、「自分が作ったものが事業に直結する」感覚を取り戻せた
転職前のキャリアと悩み
前職では、外資テックでソフトウェアエンジニアとして働いていました。
扱っていたのは、利用者数もトラフィックも大きいプロダクトで、コードの品質、可用性、スケーラビリティ、データ整合性、どれを取っても高い水準が求められる環境でした。
若い頃の私は、その環境が純粋に面白かったです。
レビューは厳しいし、基準も高い。でも、そこに身を置いているだけで、自分が強くなっていく感覚がありました。
年収も上がりましたし、RSUも毎年積み上がっていきました。客観的には、かなり恵まれていたと思います。
ただ、40代が近づく頃から、違う感情が出てきました。
技術的な難しさはある。けれど、自分がやっていることが、あまりにも巨大な仕組みの中の“局所最適”に見えるようになったんです。
もちろん、その局所最適は重要です。
でも、仕様を1つ改善しても、レイテンシを削っても、ユーザーの体験や事業の方向そのものを変えている感覚は、昔より薄くなっていました。
自分の仕事が間違いなく価値はある。でも、その価値が“大きすぎる組織の中で薄まっていく感じ”がありました。
転職を意識したきっかけ
きっかけは、以前から付き合いのあったスタートアップのCTOと話したことでした。
その会社は、プロダクト自体はまだ粗い部分が多く、技術的負債もあり、開発体制も整い切っていませんでした。
普通に見れば、前職の方が圧倒的に環境は良いです。
でも、話を聞いているうちに、久しぶりに感情が動きました。
「ああ、こういう場所だと、1つの設計、1つの採用、1つの優先順位で、事業そのものが変わるんだな」と思ったんです。
前職では、良くも悪くも、私が抜けても仕組みは回ります。
でも、その会社では、誰がどう作るかで、次の半年が変わる。
その“重さ”に、私はもう一度身を置きたいと思いました。
もう一つ、正直に言えば、年収を下げることへの怖さが以前より小さくなっていました。
その理由は、投資がうまかったからではなく、自社株の成長です。
自社株の成長が、転職を現実的にした
私はここ数年で、給与以上に、RSUの存在が大きくなっていました。入社当初は「長くいるほど効いてくるんだろうな」くらいの感覚でしたが、実際には、
・毎年の付与で保有株数が積み上がった
・株価の上昇で、想定以上に評価額が膨らんだ
・一部は権利確定のたびに売却し、現金化しておいた
その結果、生活費数年分どころか、かなり厚い“何もしなくても急に困らない余白”ができた
という状態になっていました。
私にとって大事だったのは、“資産額そのもの”というより、
年収が下がっても、急に意思決定が苦しくならないと自分で分かっていたことです。
つまり、転職できた理由は「スタートアップに夢があった」だけではありません。
外資で働いた時間が、そのまま次のキャリアのリスクを下げてくれた。この感覚は、かなり大きかったです。
転職活動内容
転職活動は、かなり絞って進めました。
数を打つというより、「行く意味がある会社だけを見る」やり方です。
まずエージェントには、最初からはっきり伝えました。
私は“年収維持の転職”をしたいわけではない。
その代わり、以下が必要だと。
技術だけでなく、プロダクト優先順位に口を出せること
採用や組織作りにも関われること
CEOや事業責任者と近いこと
開発組織を拡張していく局面にあること
つまり、単に「シニアエンジニア」として入るのではなく、
開発の手触りと経営の距離が近い場所を探していました。
ダイレクトスカウトや知人経由の話では、私は技術スタックより先に、
「この会社は、何を諦めて、何に集中しているか」
を見ていました。
そこが曖昧な会社は、どれだけ見栄えが良くても合わないと思っていました。
面接で話したのも、技術自慢ではありません。
入社したら最初の3か月で何を直すか。
どこが負債で、どこは今すぐ触らないか。
採用をどう進めるか。
開発速度と品質のどこに基準を置くか。
そういった、かなり現実的な話をしていました。
多分、相手が見ていたのも、技術力そのものより、
この人は“何を作らないか”を決められる人かどうかだったと思います。
意思決定のポイント/自分の市場価値
私が転職を決める時に見ていたのは、次の3つです。
一つ目は、自分の技術が事業に近い場所で使われるか。
大規模分散システムをきれいに回すことも好きでした。
でも次にやりたかったのは、技術的な正しさだけではなく、「それでプロダクトが伸びるのか」まで引き受ける仕事でした。
二つ目は、自分が組織の形を作れるか。
この年齢で転職する以上、コードだけ書ければいいとは思っていませんでした。採用、育成、設計基準、開発文化。そういったものに触れられるかを重視していました。
三つ目は、年収ダウンに生活が引っ張られないか。
ここは精神論で片付けたくなかったです。だからこそ、事前に「今の資産状況なら何年までなら余裕があるか」をかなり現実的に見ていました。
自分の市場価値については、以前よりシンプルに考えるようになりました。
私は「コードが速い人」ではなく、曖昧な状態から、何を作るか・何を捨てるかを決めて、チームで前に進める人として価値を出したいと思っていました。
内定・転職後の変化
転職後にまず感じたのは、当然ですが、“足りないものだらけ”ということでした。
人も足りない、ルールも足りない、ログも足りない、設計も完全ではない。
前職にいた時の感覚で見れば、不安になる要素はいくらでもあります。
でも、その不完全さが、むしろ今の自分には合っていました。
前職では、正しいものをさらに磨く仕事が多かった。
今は、まだ正解がない場所で、仮にでも前に進める必要がある。
その違いが、思っていた以上に大きいです。
もちろん、責任は重いです。
リソースが少ない以上、判断ミスの影響も大きい。
でも、その分だけ、やる意味も分かりやすい。
自分が決めた優先順位で、開発速度が変わる。採用でチームの空気が変わる。リリースしたもので継続率が変わる。
この“返ってくる感じ”は、今の方がずっと強いです。
年収が下がったことは事実です。
でも、生活の質が大きく落ちた感覚はありません。
それはやはり、前職で積み上がった自社株の存在があったからだと思います。
あなたと同じタイプの転職成功事例を探す
会員登録(無料)