健診で“気づかせる”だけでは終われなかった|予防医療から産業医へ移った34歳女医の転職

今回ご紹介するのは、健診・予防医療の現場で働いていた34歳女性医師が、企業の産業医へ転職した事例です。
健診医としてリスクを見立て、受診勧奨や生活指導に関わる中で、本人は次第に「個人の努力だけに依存しない健康支援」を志向するようになりました。転職先に選んだ産業医は、診療よりも制度・環境・マネジメントに近いところから、健康に介入できる仕事です。本人にとっては、医療を離れたのではなく、予防を“継続させる仕組み”へ踏み込んだ転職でした。

人物プロフィール

年齢:34歳
性別:女性
転職前:健診センター/予防医療(健診・人間ドック・結果説明・受診勧奨)
転職後:事業会社/産業医(専属産業医)
転職前年収:1,150万円(健診+役割手当想定)
転職後年収:1,250万円(専属産業医+役割手当想定)
転職動機・テーマ:健診でリスクを指摘するだけではなく、働く環境と制度に介入し、行動変容を継続させる仕組みを作りたかったため。健診・予防から産業医へ。医師としての介入ポイントを「受診」から「職場環境」へ拡張した転身。

ざっくりまとめると

・私は健診・予防医療で、リスクを拾い上げ、受診者に“次に何をすべきか”を伝える役割を担っていました。

・ただ、経験を積むほどに「分かっていても生活が変わらない」「再検査に行かない」という“継続の壁”が気になるようになりました。

・転職の軸は、勤務形態の変更ではなく、健康支援を「個人の努力」から「環境と制度」に寄せることでした。

・産業医になってからは、個人面談だけでなく、上司・人事・制度設計にも関わり、健康を“運用”として前に進める場面が増えました。

転職前のキャリアと悩み

健診センターでの仕事は、臨床とは違う意味で責任がありました。
病気を診断して治療するというより、数値や問診から「この人は今、どんなリスクを抱えているか」を見立て、次の受診行動に繋げます。私はこの仕事に、予想以上に意義を感じていました。

特に、急性期を経験していた私にとって、健診の数値は単なる“異常”ではありませんでした。
この数値のまま放置されると、数年後に何が起き得るか。どの疾患に繋がりやすいか。急性期の現場で見てきた未来像がある分、説明に具体性を持たせられました。

ただ、健診をやればやるほど、別の課題がはっきりしてきました。
それは、分かっていても、人は変われないという現実です。

・「受診してください」と言っても精査受診に行かない
・「生活を変えましょう」と言っても忙しさで続かない
・服薬や通院が途切れ、数年後にまた同じ数値に戻る
・受診者本人の意思はあるのに、環境が追いつかない

私はここに、予防医療の“継続の壁”を強く感じるようになりました。
健診でリスクを指摘できても、その先の行動が続かなければ、結果として健康は守れません。
つまり、医師が提供できている価値が「気づき」までで止まっている感覚がありました。

転職を意識したきっかけ

転職を強く意識したのは、同じ受診者が毎年同じ指摘で来院するケースが続いた時です。
本人は改善したいと言います。こちらも改善策を提示します。再検査や精査受診の案内もします。
それでも翌年、同じ結果で戻ってくる。

私はその方を責めたいわけではありません。
むしろ、背景を聞くほどに「変われない理由」が現実的でした。

・仕事が忙しくて通院の時間が取れない
・残業が続き、食事も睡眠も崩れる
・上司やチームの理解がなく休みづらい
・メンタルが落ちており自己管理が難しい
・生活改善より“目の前の納期”が優先される

私が産業医でやりたかったのは、診察の代替ではありません。
予防医療を「個人の努力」から「職場の運用」に引き上げることです。

・具体的には、次のような領域に価値を出したいと考えていました。
・高リスク者のフォローが“仕組みとして回る”設計(連絡・受診・復帰まで)
・メンタル不調の早期発見と、悪化させない運用(上司・人事・本人の接続)
・長時間労働の是正(データに基づく介入と、現場が動ける落としどころ)
・ハラスメント・職場トラブルが健康に及ぼす影響への対応
・休職・復職支援を、個別対応ではなく再現性のある型にする
・“健康施策”が福利厚生で終わらず、経営指標と繋がる設計

健診では、個人に対して「こうしてください」と言えます。
ただ、本人が変われる環境にいなければ、改善は続きません。
産業医なら、その環境側に話ができます。私はここを大きな違いだと捉えました。

その時、私は結論が変わりました。
予防医療は、本人の意志を引き出すだけでは足りない。
環境側に介入しないと、継続は起きないのではないか、と。

健診センターでは、受診者に話すことはできます。
しかし、受診者が置かれている職場環境や制度には、私は直接触れられません。
この距離が、私の中で大きな課題になっていきました。

そこで産業医という仕事が、選択肢として現実味を帯びてきました。
産業医は、個人の健康課題を扱いながら、同時に職場環境・制度・マネジメントにも関われます。
私は、予防医療を“続く形”にするには、こちら側に踏み込む必要があると考えるようになりました。

転職活動内容

産業医の求人は、同じ「産業医」でも実態が大きく違います。
そのため、私は“産業医になれるか”ではなく、“産業医として何ができるか”を軸に選定しました。

私が重視した見極めポイント

・健康管理室の位置づけ:人事の下請けか、経営に近いか
・専属か嘱託か:現場に入り込める時間と裁量があるか
・データ活用の有無:残業・休職・健診結果を統合して見られるか
ラインマネジメントの成熟度:上司が健康課題を“現場の問題”として扱えるか
・復職運用の整備:ルールがあるか、属人化していないか
・産業保健スタッフ:保健師との協働ができるか、役割分担が機能するか

面接で伝えたこと

面接では「なぜ健診から産業医へか」を問われました。
私は、健診が嫌になったわけではないことを前提に置いたうえで、次を伝えました。

健診で“気づき”は作れるが、“継続”は環境が左右する

生活習慣病もメンタルも、本人の意志だけで解けない問題が多い

だから職場の制度・運用に介入できる産業医で、予防を仕組みにしたい

また、入社後の動き方も具体化しました。
例えば、着任後の3か月で何を整えるかとして、
高リスク者のフォロー導線、長時間労働者への介入フロー、復職面談の型、ライン向けの教育テーマ、などを挙げました。

意思決定のポイント/自分の市場価値

最終的に転職を決めた理由は、次の3点です。

健康課題を“個人の問題”で終わらせない文化があること
管理職が、健康をチーム運営の一部として扱える会社だと感じました。

産業医が、制度・運用に踏み込める余地があること
面談だけで終わらず、施策やルールを変えられる余白がありました。

データで改善を回せること
残業、休職、健診結果などが断片化しておらず、優先順位を付けて介入できる土台がありました。

私は、産業医を「相談窓口」ではなく、「健康を運用として回す人」として機能させたかったため、ここが揃っている環境を選びました。

内定・転職後の変化

転職後にまず感じたのは、医師としての責任の置き方が変わるということでした。
健診では、受診者にリスクを説明し、受診勧奨するまでが中心です。
産業医は、そこから先の「どう回すか」「誰が動くか」までが仕事になります。

その分、難しさも増えました。
医療の正しさだけで話が通るわけではありません。
業務都合、現場の人員、評価制度、上司の理解、本人の事情が絡みます。
ここで重要なのは、理想論ではなく、現場が動ける落としどころを作ることです。

ただ、この難しさは、私が求めていたものでもありました。
例えば、長時間労働者への介入一つ取っても、
「本人に休みなさい」と言うだけでは変わりません。
業務の切り分け、上司との合意、代替要員の確保、期限の見直しなど、運用の設計が必要です。
ここに産業医として関われるのは、予防医療を“続く形”にする上で大きいと感じています。

また、手触りとして増えたのは、「再発予防」に近い感覚です。
休職→復職→再休職のループを防ぐには、面談だけでなく、職場側の条件調整が必要です。
その部分に介入して、少しずつ再発が減っていくのを見ると、健診とは別の手応えがあります。
“救急で出会う前”ではなく、“休職が深刻化する前”に関われている感覚です。

メッセージと総括

この転職は、私にとって「健診から離れた」転職ではありません。
健診で感じた“継続の壁”に対して、別の手段で向き合う転職です。

予防医療は、気づきを作るだけでは完成しません。
行動が続き、環境が変わり、再発が減って初めて意味があります。
私はその「続く」側に責任を持ちたいと思いました。

産業医は、診療の代わりではなく、医療を“運用”に落とす仕事だと感じています。
個人の健康課題を扱いながら、職場という環境にも介入できる。
私にとっては、予防医療の延長線上にあるキャリアでした。

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