救命の現場から、人生の時間に寄り添う医療へ|救急科医が緩和ケアに転じた36歳の転職
今回ご紹介するのは、救急科医として救命の最前線にいた36歳男性医師が、緩和ケア(ホスピス/緩和ケア病棟)へ転職した事例です。
外から見ると真逆の領域に見えますが、本人にとっては「医療の価値をどこに置くか」を選び直す転職でした。救命の判断力を捨てたのではなく、患者さんと家族の“意思決定の時間”に責任を持つ方向へ軸足を移しています。
人物プロフィール
年齢:36歳
性別:男性
転職前急性期総合病院/救急科(ER・ICU・当直・院内急変対応)
転職後:緩和ケア病棟(ホスピス)/緩和ケア医
転職前年収:1,700万円(当直・各種手当込み)
転職後年収:1,550万円(当直少+役割手当想定)
転職動機・テーマ:救命だけではなく、治療の限界や終末期の意思決定に、医師として継続的に責任を持ちたかったため。医師としての責任の置き方を「救命」から「苦痛緩和と意思決定支援」へ移した転身。
ざっくりまとめると
・私は救急科で、短時間での鑑別と救命判断を積み上げてきました。
・ただ、救命したその先で、患者さんと家族が抱える「治療の限界」「今後の時間の使い方」に十分関われていない感覚が強くなりました。
・転職の軸は、働き方の軽さではなく、医師として“どこまで伴走するか”を変えることでした。
・緩和ケアでは、症状緩和だけでなく、価値観整理・意思決定支援・多職種連携が中心となり、医療の見え方が変わりました。
転職前のキャリアと悩み
私は救急科医として、ERでの初期診療、ICU管理、当直、院内急変対応に従事していました。
救急の現場では、情報が揃っていない中で判断し、優先順位を決め、必要な治療へ繋げることが求められます。私はこの環境で臨床力が鍛えられた実感があり、仕事の意義も強く感じていました。
一方で、年数を重ねるほどに、救急医療だけでは解き切れない問いにも向き合うようになりました。
救命できたとしても、その後に待っているのが「長い入院」「合併症」「治療の限界」「家族の負担」「本人の価値観と医療のズレ」だと分かるケースがあります。
救急の現場では、まず命を守ることが最優先です。
ただ、救命の判断と同じくらい重要なはずの“次の判断”――
どこまで治療を続けるのか、何を優先するのか、本人の望む時間の過ごし方は何か――
そこに自分が継続的に関われない構造に、少しずつ課題を感じるようになりました。
転職を意識したきっかけ
転職を強く意識したのは、救命後に意思決定が宙に浮いたまま治療が続いてしまった症例を経験したことです。
救急搬送され、集中治療で命は取り留めた。しかし、回復の見込みは限定的で、本人は十分に意思表示ができない状態が続く。家族も迷い、医療側も「何が最善か」を決め切れない。
その時、私は救命に全力を尽くしたはずなのに、どこか手触りのない感覚が残りました。
救命はできた。けれど、その後の時間をどう設計するかに、自分は責任を持てていない。
患者さんと家族にとって本当に重要なのは、延命か、苦痛の軽減か、自宅で過ごすことか、残された時間の質か。
その意思決定の場面に、医師としてもう一段深く関わる必要があるのではないか、と感じました。
「救急だから仕方ない」で片付けたくない。
救命の先で、患者さんと家族が直面する“選択”に、医師として責任を持ちたい。
この思いが、緩和ケアを現実的な選択肢に変えました。
転職活動内容
転職活動では、単に緩和ケア病棟へ移るのではなく、「自分がどの形で緩和ケアに関わるか」を整理しました。
私は救急で培った判断力を捨てたいわけではありません。むしろ、急変時の見立てや全身管理の経験は緩和ケアでも活きると考えていました。
その上で、転職先を検討する際に重視したのは次の点です。
・症状緩和だけでなく、意思決定支援に組織として力を入れているか
・多職種連携(看護・薬剤・MSW・心理・訪問系)の運用が整っているか
・家族支援(説明、悲嘆ケア、在宅移行)の体制があるか
・急変時対応や救急搬送の判断が、現場で迷わず回る設計か
・研修・教育体制があり、緩和ケアの型を学べるか
面接では、「救急から緩和へは極端ではないか」と問われました。
私は、救急を否定しているのではなく、救命の先にある課題に責任を持ちたいと説明しました。
救急で培った優先順位付けやリスク判断を、緩和ケアでは「苦痛の優先順位」「本人の価値観の優先順位」に転用したい、と伝えました。
意思決定のポイント/自分の市場価値
転職を決める時、私が見ていたのは3つです。
1つ目は、緩和ケアが“病棟の一機能”ではなく、理念として根付いているかです。
症状緩和の手技だけではなく、意思決定支援をチームでやり切る文化があるかを重視しました。
2つ目は、救急で培った強みが、緩和ケアで“異物”にならないかです。
私は救急的な判断や全身管理の経験を、緩和ケアの急変対応やリスク説明に活かしたいと考えていました。そこが歓迎される環境かを見ました。
3つ目は、患者さんと家族に継続して関われる構造があるかです。
自分が求めていたのは、救命の一瞬ではなく、その後の時間に責任を持つことでした。病棟内だけでなく在宅移行や地域連携まで視野に入る環境を選びました。
自分の市場価値は、「救急ができる医師」ではなく、
不確実な状況で優先順位を決め、説明し、チームで合意形成して前に進める医師だと整理しました。
緩和ケアは、その力を“治療”ではなく“意思決定”に使う領域だと考えました。
内定・転職後の変化
転職後にまず感じたのは、医療の“速度”が変わることです。
救急は短時間で判断し、次々に処置が進みます。緩和ケアは、早い判断が必要な場面もありますが、基本は「焦らずに整える」時間が中心です。最初はこの時間の使い方に戸惑いもありました。
ただ、その分だけ、患者さんの見え方が変わりました。
救急では「病態」が中心です。緩和ケアでは「生活」「価値観」「家族関係」「不安」が診療の一部として入ってきます。
症状緩和の薬剤調整だけでなく、説明の仕方、本人が納得できる言葉、家族の受け止め方、多職種の役割分担まで含めて診療の質が決まります。
救急の時は、救命できれば一つの達成感がありました。
緩和ケアでは、苦痛が下がり、夜眠れ、食事が少し取れ、家族と落ち着いて話せるようになった、といった小さな改善が積み上がります。
その変化は地味ですが、患者さんにとっては大きい。私はそこに別種の手応えを感じています。
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